このマンガがすごい!「聲の形」1~6巻を読んだ感想

聲の形(1)
大今 良時
出版社: 講談社 (2013/11/15)
hosihosihosihosi
商品詳細を見る

内容

お前なんかに出会わなきゃよかった。
もう一度、会いたい。

耳の聞こえる少年・石田将也(いしだしょうや)。
耳の聞こえない転校生・西宮硝子(にしみやしょうこ)。
ふたりは運命的な出会いをし、そして、将也は硝子をいじめた。
やがて、教室の犠牲者は硝子から将也へと移っていった。
幾年の時を経て、将也は、 もう一度、硝子に会わなければいけないと強く思うようになっていた。
週刊少年マガジン掲載時に、空前の大反響を巻き起こした衝撃作。

感想

このマンガがすごい!で紹介されていた「聲の形」を読んでみました。
1~6巻まで読んだ感想です。

ストーリーの流れ

このマンガは、耳の聞こえない女の子と、その子をいじめた男の子の物語です。
しかし、ただいじめに立ち向かうような物語とは違います。

小学校の頃に転校してきた耳の聞こえない女の子「西宮硝子」を、クラスのガキ大将だった主人公「石田将也」がいじめます。
が、その後、その子がいじめを受けて転校してしまってから、いままでいじめる側だった将也がいじめられます。

そして、そのまま卒業まで続いたいじめ。
中学になっても友達もいなく、人との関わり合いが上手くできない将也は、自分がいじめてしまった西宮に会って、和解してから死のうとします。

この、死ぬ覚悟で起こした行為が、将也を取り巻く環境が少しずつ変わっていきます。

もちろん、人によっては恨まれていたり、長年いじめられてきた環境が、将也を卑屈な考え方に変えてしまっています。
そして、思ったように上手くいかない。

このマンガは、最初は序章に過ぎず、特に1巻は、どうしていじめが起きてしまったかが丁寧に描かれているので、逆に言えば話の立ち上がりが遅いです。
彼らの「今」になるまでが長く、人によってはそこにたどり着く前に興味が続かずに読むのをやめてしまうかもしれません。

しかし序盤が丁寧に描かれている分、後半に生きてきます。
このマンガは、巻を重ねるごとに内容が見えてきます。

5巻になり、ある程度直りかけた関係が、いっきに砕け散ります。
そして6巻。私は、この6巻が一番好きです。

6巻はそれぞれのキャラクターの主観で物語が描かれます。

主人公の視点からでは見えなかったものが、マンガ内では伏線になり、良い感じで気づかされることになります。

どの立場の人も、誰かに対して加害者であり、被害者でもあった」ということです。

相手の立場が見えると分かること

このマンガが素晴らしいのは、いじめられた側も、いじめた側も、さらにその周りを取り巻く人たちの立場からも、さまざまな視点からこの「問題」が見れるところです。

だからって、いじめていいことにはならないのですが、理解できなくても、少なくても知ることができます。

例えば植野。
彼女は本当に自分勝手でムカつきます。

耳の聞こえない西野に同じように意地悪したり、久々に会った主人公にも、悪態をつきます。

でもそれも、ずっと将也のことが好きで、全てが誤解と嫉妬から生まれたものでした。
彼女の中では西野が悪く、自分は被害者だと思い込みます。

その方法でしか自分を表現できないことに哀れみを感じますが、自分が同じような立場だったら、自分の好きな人がいじめられる原因になり、自分との仲を壊した西野(と思っている)のことが嫌いになる気持ちが分かります。

また硝子を厳しくしつけていた母親も、最初の頃だけ見れば、厳しすぎて冷たい母親に見えます。
しかし硝子が生まれた時に、障害が原因で父親側の親族に受け入れてもらえなかった。

だから、自分の子を守るために強くなっていった。
この子にも強く、障害に負けないような子になって欲しいと、わざと厳しくしていた。

ひとつの視点だけで見ると、ただの「冷たい母親」になってしまいますが、あぁ、この母親だって被害者だったんだなと、改めてひとつの主観からしか見れていなかった自分に気づきました。

また、硝子にももちろん問題があります。

障害があるのに、普通の人と同じように生活できると夢見て努力します。
これは母親の影響もあり、母親が望むように普通の子の中で生活しようと頑張ります。

手話ではなく、言葉で話して会話ができるように頑張ってみたり、クラスの合唱にも参加しようとします。
そして周りの人たちの負担などには気づきません。努力さえすれば普通になれるんだと。

しかし、障害はなくなりません。
障害がなくならないのに、普通の人と同じようにはできません。

これが冷たい言い方と言う人は、現実と向き合っていない人だと思います。

世の中は全てが平等ではないのです。それを平等という名の元に、「みんな同じが良いこと」だとするから歪が生まれるのです。

例えば男女問題。世の中は女性が子供を生むために、仕事を休んだり、毎月生理がきたりします。
これでは平等じゃないから、男が子供を生んで平等にしようということはできませんよね。
体の構造は変えられないからです。

この「事実」は変わらなくても、この事実を認めた上でどうやって生きるか、周りは何ができるかが大切なんだと思います。

女性が妊娠したら周りが助けてあげる、仕事を休みやすいように会社のシステムを変える、などの手助けです。
妊婦マークをつけている妊婦に席を譲らないといけないとして暴言を吐くような人は、この「違い」を認識できていないんだと思います。

「違い」を認識することがまず大事。
障害があるから、手話を使わないといけない、筆談ノートを使わないといけない。
不便だけど、その事実を受け入れて、その上でどうやって周りの理解を深めることができるか、社会を変えていくかが重要だと思います。

人はみんな違うけど、その違いを認めて、お互いに助け合うことこそが本来理想とする社会なのだと思います。

私が共感したところ

このマンガは、読む人によって受け取り方は違うかもしれません。
いじめを受けたことがある人は、同じ気持ちや、共感できることがあるかもしれません。

私は健常者。
聴覚障害のある人の気持ちはわかりません。

しかし、いじめられたこともあるので、いじめられる立場の気持ちもわかります。

周りで笑い声が聞こえただけで、自分が笑われているんじゃないか。
自分は生きている価値が無いのではないか。

悲しいけど、とてもよくわかります。

また私は健常者なので、完全には聴覚障害者の気持ちはわからないかもしれません。
けど同じような状況がありました。

私はカナダに来たときは英語がほとんどできず、まさに耳が聞こえないような状態でした。

周りが何を言っているのかわからず、話についていけず、思ったことも上手く言えず、本当に悔しい思いをしました。
分かった単語から話を推測し、分からない時は何度も聞き返し、嫌な顔をされたこともあります。

コーヒーショップの高校生くらいの女の子に、意思が通じず鼻で笑われたこともあります。

病院に通った後、聞いていない治療費を請求され、「相手がわかっていなかった」と言われたこともありました。
結局は相手の伝達ミスだったことを認められましたが、この時もとても悔しい思いをしました。

周りが何を言っているのかわからない、さらに自分の意思を上手く伝えられないという状況になると、本当に自分に自信がなくなり、今までの自分がウソのように消極的になってしまいます。

英語は努力すれば分かるようになりますが、聴覚障害だと聞こえるようにはなりません。
そういった意味では、聴覚に障害があるということは本当に大変だと想像できます。

最後に

このマンガは、ただ単に「障害者と、その周りで起こったいじめ」という問題だけではないです。
「障害者には優しく」と綺麗事を言うことでもありません。

どのキャラクターにも共感できるし、批判をすることもできる。批判することは誰でもできます。
けど、人間は誰も完璧ではないということです。

そして一度失ってしまった、壊れてしまった関係を修復していく行為がどれほど大変で、難しいかがわかります。

もう取り返しのつかないほど悪化してしまった関係。
これに触れることで、もっと傷つくかもしれない。
いまある関係も壊れるかもしれない。

人間は誰も傷つきたくない、傷つくのが怖くて、前に進めません。
けど、死ぬ気でやれば、相手に届くことだってあります。

人と人とが本音でぶつかり合って、本当の友達とは何か、相手の立場に立つということは何か、などの人間関係の基本が描かれています。
人類の永遠のテーマでもある「人間関係」を、子供たちの視点で取り上げた、考えさせられるマンガです。

聲の形(1)
大今 良時
出版社: 講談社 (2013/11/15)
hosihosihosihosi
商品詳細を見る

Leave a Comment.